マイムな夜
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マイムな夜 会社一筋、50代のおじさんTさんに誘われて食事に行った。 Tさんには私のソロ公演を見に来て頂いている。これまで舞台や芸術関係には縁が遠かったらしく、私の公演をどの程度気に入って頂けたかは気になっていたのだが、お話をしているうちに、「マイムとは俳句のようなものだね」、という結論に至った。 とても興味深くおもしろいお話ができた。
その食事の後、バーに連れて行ってもらった。 そこはマスターが一人でやっており、カクテルを作る合間にピアノを弾いてくれる。 Tさんがそんなマスターに私を紹介しようと、「彼はアーティストなんだけど、何やってるか分かる?」と質問してみた。 するとマスター、「ヒントをください」と真剣に考え始めた。「その正反対のことは何になりますか?」。 私は考えた挙句、「ナレーションかな」と答える。するとマスター、「な、なれーしょん? その反対は、ん〜」と言ったきり無言になった。そして不意に、「・・・パントマイム」とボソっと答えた。 よく当たりましたね! などと騒いでいるとそのマスター、「実はね」と話し始めた。
その昔、かの有名なマイミスト「ヨネヤマママコ」さんが新宿の高島屋に来てマイムを披露する機会があり、その時、ママコさんのバックで若かりし頃のマスターがピアノ伴奏をつけたというのである。 ちょうど公害が社会問題となっていた時なのか、煙突の中を必死で登って外に出る、というような作品だったらしい。
その時にマスターが難しかったのは、ママコさんが演技の中で煙突から外に這い出た瞬間、遠くの学校から聞こえてくるような音で「故郷(ふるさと)」を弾いてくれ、と言われたことだそうである。しかも下手くそに、と。
♪うーさーぎー追−いしー、かーのーやーまー♪
「とにかく問題だったのはねぇ」とマスターが続ける。「私たちはいい加減だったけど、ママコさんは真剣だった。とにかく本気だった」。 Tさんも、「そういう事に全く興味がなかった私でもヨネヤマママコさんのことは知ってるんだから、相当有名な人だったんだろうね」とおっしゃっていた。
今でもパントマイムというと、「あぁ、ヨネヤマママコね」と言われることが多々ある。 私は残念ながら、よく知らない。 しかし興味深いお話を聞けたという嬉しさも手伝って、普段は全く飲まない私が2杯目のカクテルを注文した。 そのカクテルの名は「チャーリー・チャップリン」。 マスターが古き良きアメリカ映画の大ファンらしく、それらにちなんだ名前をカクテルにつけている。
またピアノを弾き始めたマスター。 曲はチャップリン作詞作曲の「スマイル」だった。 思い出深い夜となった。
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