オーディションについて
(01年12月初出、22年8月リバイバル掲載)


K田Y昭のプロダクションのオーディションを受けた。
プロダクションに所属していないと、なかなかギャラのもらえる仕事が得にくいからだ。それと自分の実力がどんなもんか知るにもいい機会だ。

K田Y昭・・・。
わざわざアルファベットで匿名する必要もないのだが、「Gメン」や「静かなるドン」シリーズで活躍し、それ以外にも香港映画に多数出演、ジャッキー・チェンやジェット・リーとも競演し、「和製ドラゴン」と呼ばれている本格派アクションスターである。

そこのプロダクションが俳優・タレントを募集しているという。自分はすでに応募資格年齢を越えていたのだが、K田Y昭の名に惹かれとりあえず受けてみることにした。

まずは書類審査。
年齢をごまかそうかとも思ったが、結局正直に書いた履歴書と写真を送った。

受かるはずもない、資格年齢を越えているのだから、そう思っていたら、送られてきたのは意に反して合格通知。二次審査に来てくれとなった。

む〜、年齢ってそんなにシビアなもんじゃないのね、む〜、と思いながら二次面接にして早くも最終選考へと向かった。


当日。審査は朝10時から。
かなり早く家を出た。最寄の駅よりも1駅分自転車をこぐ。そこからなら会場最寄駅まで乗り換えなしで行けるからだ。

ところがこれが大失敗。あてにしていた自転車置き場がいつの間にか閉鎖されていて、自転車を止める場所がない。路上に止めるとすぐに撤去される。あまり使わない駅周辺のこと、どこに駐輪場があるのか分からない。右往左往すること15分、結局、路上に止めてしまった。

持って行かれないことを祈りつつ、吉祥寺駅から下北沢に向かって電車に乗る。時間を見る。間に合いそうだ。安心して座席に座り、ウトウトと眠りこけた・・・。


ハタと目が覚めた。どこにいるか分からない。するとアナウンスが流れた。「次は渋谷、渋谷でぇ〜っす」。 

どぁ! 乗り過ごした! どうすんねん!

どうしょうもない、渋谷で降りて折り返し、下北沢駅から大急ぎで会場まで向かった。

これだけバタバタしたのに、会場にはなんと10分前に着いた。それだけ早く出たのは正解だった。

緊張の面持ちで受付に並び、会場の中を覗いてみる。K田氏はまだ来ていないようだ。

なんつっても社長、やっぱり満を持しての登場かぁおい! と思っていたら、受付をしている間にひょっこりK田氏が入ってきた。

渋い顔にリーゼント、ちょっぴり強面なその表情を見た瞬間、思わず「おはようございます」と挨拶してしまった。あっけないご対面だった。

15,6人はいただろうか。いよいよ開始となった。

芸能部マネージャーらしき人が1人ずつ呼び、緊張をほぐすためか明るく会話してくれる。そしてそこで、受付の時に渡されたプリントに書いてある早口言葉を読まされ、アクセントの難しい文章(ex.橋の端を箸を持って渡る など)を読まされる。

全くの初心者が多いのか、「蛙ぴょこぽこ、みぽこ、みぴょこぺこ、・・ぽこ」などとだとたどしく読んでいるのを、4人の審査員が聞いている姿が笑えて仕方がない。

「ぺこぽ、みぽこぺこ、・・・ぽこ・・」

K田Y昭氏だけは1人、応募者の履歴書を食い入るように眺めている。聞いていないようだ。

「お茶ちゃちょ、おたちゃちょ、ちゃちゃちょ、ちゃっちょちゃちょ・・・」

自分の場合、早口言葉はわりと得意なのでノーミス。アクセントに関してもパーフェクト(多分?)だった。

そして演技審査。「ひとつ屋根の下」の台本の1ページを渡される。K田プロモーション所属らしき女性が出てきて、相手役をつとめてくれる。

ここでも結局K田氏は手元の履歴書を食い入るように見つめ、全く聞いていないようだった。


そして次は全員持ってきたジャージに着替え、アクション審査となった。
どんなことをやらされんねん、やっぱアクションができなあかんのか、う〜、とドキドキしていると、それまで一言も発していなかったK田氏がいきなり身を乗り出し、ドスのきいたどでかい声で、「はい! じゃあ2人ずつ前へ出て!」と指示を出した。

今までの審査はどうでもよかったんか? そんなに肉体主義か!?
そう思う間もなく指示が飛ぶ。

「はい!立ったまま脚を左右に開いて!」
「180度開ける人はそのまま床にお尻をついて!」
「じゃあ座って!脚を開いたまま前屈!右へ!左へ!」

なんのことはない、ただの柔軟体操である。

しかし!
この柔軟体操こそ、うへだゆふじが最も不得意とする、人に審査など絶対にされたくない姿態なのである。生まれてこの方、自分より体の硬い人を見たことがない。座っての前屈も、脚と体の角度が120度から90度(直角)に曲がるだけ。つま先を手でつかむなんてもってのほか。どれだけ必死にやっても、「何してんの?」と言われ、散々人前で辱められてきた種目なのである!

ガクゼンとした。受かるわけがない・・・。しかもそれだけで判断されそうな勢い。
案の定、自分の番になってやると、K田氏、「それだけしか開かないの? 遠慮しないで!」となった。

「いや、これで限界です・・」。そう言うと、一瞬K田氏の動きが止まり、となりの受験者を見て、「君はもっといけるだろ!」とゲキを飛ばした。

その後、やったこともないブリッヂをやらされ、そのまま立ち上がれと言われ、全くできるはずもなかった。しかもブリッヂした時の真っ赤な顔が、ちょうど待っている受験者たちの方を向くのである。苦痛にゆがんだ自分の顔が、さらに彼らの不安を煽ったであろう。もしくは同情をさらったか?

どうやらK田氏は、もうこっちの方を見ていないようだった。

まぁいいさ、そんなことで尊厳を失うほどヤワじゃないさ、もう慣れっこよ、とうそぶいていると、次なる種目に挽回のチャンスが訪れた。

「はい次はジャンプ! 思いっきり膝を胸に近づけるように、高く、そして軽くジャンプ! 10回! よーい、はい!」。

しめた! 瞬発力には自信がある! 高く速く軽く、きれいにジャンプしてやった。自分が10回終わった時には、まだとなりの人はバタバタとジャンプを続けていた。むふ。

そして次は、目をつぶって片足立ち。みんなが酔っ払いのようにフラフラして両足を着いてしまうなか、見事安定してやった。

そしてマットの上を前転(でんぐり返り)、後転。問題なし。

そしていよいよ最後は、寝そべって合図とともにゴロゴロと横転し、3回まわったところでK田氏に向かって拳銃を構えるというもの。

これが意外と難しいようだ。みんなキメのポーズのところでフラついてうまくいかない。自分の直前にやった人も、うまくキマらなかった。

そこで考えた。
最後、銃を構える時に片膝を立て勢いを殺して、それと同時に拳銃を構え、K田氏をにらみつけてやろうと。

そして自分の番になった。
そこでK田氏、一言付け加えるのを忘れなかった。「カッコ良くねっ!」。

「それはどうかなっ!」などと思いながら、寝そべった。

集中して・・・。

「よーい、・・・はい!」

ゴロゴロゴロ。お、いいぞ!(心の声)。そして予定通り片膝立て! かまえた!K田氏に拳銃を構えてにらみつけるうへだゆふじ!それを見て微動だにしないK田Y昭!

なぜかしばらく見つめ合う2人。

・ ・・間。

「・・・はい! カット!」
「ふ〜」と息を吐く2人。

そして最後に自己アピール・特技披露を終え、終わった人から着替えて退場、1週間後の結果通知を待つこととなった。

果たしてK田氏の目にはどう映ったのか・・・。


帰って来て吉祥寺の駅に着いて、自転車を探すと・・・。
ない! なくなってる! 撤去かよおい!

・・・と言いたいところだが、残念ながらちゃんとあった。
笑いの神様は、そこまでのシナリオを用意していないようだった。

このようにしてオーディションは終わった・・・。



後日。結果通知。
予想を裏切って、合格だった。しかし断った。
今さらアクションなんて・・・。

っていうか、普通受ける前に気づけよ! って感じか?
まぁええわ。また他んとこ受けたろ〜っと。むふ。
プリンタ出力用画面 友達に伝える
前のページ
美容院について(01年11月初出、22年6月リバイバル掲載)
コンテンツのトップ