美容院について
(01年11月初出、22年6月リバイバル掲載)
生まれて初めて美容院へ行った。
今までは常に床屋だった。もしくは丸刈りをしていた時は、家でバリカンで刈っていた。
バリカンで丸刈り。髪の長さを6ミリにするといい感じになるのだが、3ミリだとトラ刈りが目立ったりする。また刃のキレが悪いと、刈り上げる時にブチブチッと何本か抜けて、ピンポイントで無性に痛かったりする。
とにかく床屋は好きではない。
言わずと知れたことだが、同じ態勢で長時間いなくてはならないし、そうなる前に、前の人が終わるまで何時間か待たなくてはならなかったりする。(予約制なら別なのだろうが、そんなとこに行ったこともなかった)。
丸一日作業だ。しかも3500円もとられたりする。面倒。
そんな昨今、10分で1000円なる床屋があちこちに出現しだして重宝していた。基本的に10分以上かかりそうな髪型はお断りだそうで、待ち時間も少なく、洗髪やマッサージもなく楽チンである。
しかし、ほんとに刈るだけ。
味もそっけもなく、ついにそれにも飽きてしまった。(飽きるも何も、最初からそれを望んで入っているのだが・・・。)
な〜んかいい散髪の方法ないかなぁ〜、どないかならんもんかいなぁ〜などと考えていたら、良く通る道に美容院があるのに気づいた。まだ朝早いので開店前だ。
「ほ〜、こんなとこに美容院なんかあったんかぁ〜」と半開きの口で見ていると、なんと窓のところに、「メンズカットモデル募集」などと書いてあるではないか!
「メンズカットモデル」・・・・。
そんな単語、自分に縁があるとは思わなかった。しかし、それを見てある言葉が頭をよぎった。
「カットモデル」=「見習いさんが練習用で切る」=「無料」。
タダだ!タダで切ってもらえる!しかも入ったことのない美容院なるところで!
万年金欠病の自分にとってこんなにありがたいことはない!
「よ〜し、今日帰りに申し込んでやるぞ!」と意気込み、カットモデルになることを決心したのである。
そして夕方、美容院の前まで来た。いつもそこを通るのは開店前の朝早く、店がやってるのを見るのは初めてだった。
さぁ入って申し込むか! と店内を覗いてみると・・・・。
ありゃ?おしゃれな美容師さんがいっぱい(当たり前か?)。しかも1人を除いてみんな女性。
はたと窓ガラスに映る自分を見た。
バイト帰りのヨレヨレTシャツ、ボロズボンに穴のあいたスニーカー。
入れる雰囲気ではなかった。
あえなく意気消沈、仕方なくそこの電話番号だけ控えて帰ることにしてしまったのである。
しかし帰宅後、散々悩んだ(?)あげく、結局「まぁええか」と落ち着きを取り戻し、電話してみることにした。
緊張の面持ちで受話器を握っていると、担当の人に代わった。
「どんな髪型されてますぅ?」と聞かれたものの、どう答えて言いか分からず、「あ、え〜と、あのんとえと、フツー、ですけどねぇ・・」とモゴモゴ答えた。
あの時ちゃんと店に入って髪型見せりゃよかった。まぁええか。
結局、月曜日の閉店後に行くことになった。
電話をきった途端、果たして自分のような人間でもいいのか?と、またしても不安が押し寄せてきたので友達に電話してみた。
「自分みたいなんでもええんかなぁ?」
「まぁええんちゃう。」
「じゃあ例えば、えなりかずきでもええんかなぁ?」
「ええんちゃう。」
「Mr.オクレでも?」
「それ意味分からんけど。」
「ハゲチャビンでもええんかなぁ?」
「・・・ええんちゃう。」
「・・・ハゲチャビンでも?」
「・・・ハゲチャビンでもいいですかって聞いたらええんちゃう?」
「自分でハゲチャビン、て言うの?」
「うん、ハゲチャビンて。」
「・・・ところで、チャビンてなんやろ?」
「さぁ・・・」
「・・・チャビン、・・・?」
「・・・チャビン・・・」
「いや違う、話がそれた。カットモデルや。それって関西弁でもいいんか?」
延々と続きそうなのでやめにした。とにかく行くことにしたのだ。
そして月曜日の夜、思っていたより早く美容院から電話があった。今日は早く終わりそうなのでもう来て下さい、と。晩ごはんを口いっぱいにほおばっていた自分は、「はぁ、ほぉ」とジャイアント馬場ばりの声で返事をし、大急ぎで食べ終え、自転車をかっとばして行った。
着いた時には緊張と疲労で息が上がっていた。
ドアを開け、中へ入ると・・・。
「いらっしゃいませ!」と4,5人の女性がいっせいに笑顔を並べた。
ここは楽園か!としょうもないツッコミを心の中で入れながら待合のソファーに座ると、「メンズヘアスタイル」などと書かれた雑誌を2つも渡された。
「何かいいのがあったらおっしゃって下さい。」てな。
ん〜、どうしたらええんやろ。
良さそうなのはあるけど、もっと伸ばさなあかんやんけ。
っていうか自分に似合うのか? ん〜、困ったなぁ・・・。
すると担当のIお姉さん、「何かいいのありました?」
「いえ、よく分からないんでお任せします・・・」
その時、Iさんがうっすらニヤッと笑うのを見逃さなかった。
「え、なに?」と思ったのも束の間、手っ取り早くシャンプーされ、鏡の前のイスに座らされたのである。(ところでこのシャンプー、美容院ではそうらしいのだが、後ろ向きに倒されて髪の毛を洗われるのはちょっと違和感があった。床屋では前向きにかがんでシャンプーしてもらうからである。)
そしてIお姉さん、いきなりきりだした。
「刈り上げしてもいいですか?」
「え?」
「横と後ろ、刈り上げてもいいですか?」
「・・・まぁ、いいですけど・・・」
その瞬間、またしてもIさんはニヤリと微笑んだのである。
聞けば、その美容院はまだ女性のカットしか扱っておらず、男性のは扱ってないとか。で、これからやろうと思っているので、ついては男性用のカットの練習をしたい。そしてそのIさんが一番難しいと思っているのが、なんと「刈り上げ」なのだそうである。
つまりここの「カットモデル」とは、「刈り上げモデル」が欲しい、ということであるそうな。
彼女の思うツボ。ちょっぴりイメチェンできるかも、などという淡い期待はもろくも消え去った。
さて、お互いの合意ができたところでカット開始となった。
まずは首から下を、カバーですっぽりかけられる段になった。
するとIさん、自分の前にそれを広げたまま止まって微動だにしない。
早くかけてくれればいいのに、どうしたのかと思っていると、「腕、通して下さい」と言われた。
「え?」
「カバーに腕通して下さい。」
「ほ?」
しばらくカバーをさすってみると、あったあったありました、腕を通す穴が。
美容院は初めてですか?と聞かれた。バレたか。
床屋には腕を通す穴がないのである。テルテル坊主みたいに、首から下はスッポリなのである。だから、顔が痒くても手が出せないのでかけないのである。これで手が出せて雑誌などを読めるわけか!と、この年にして初めて合点がいった。
そうこうするうち、刈り上げが始まった。雑誌を渡されたのだが、「メンズノンノ」と「ポパイ」では読む記事もない。慣れない手つきでされる刈り上げを後頭部に感じながら、じーっと押し黙っていた。
するとIさん、「床屋では喋らないんですか?」と。
「え?」
どうやら美容院というのは、楽しく会話しながらカットするものらしい。「そうなんですか、え〜っと・・・」。無理に話を作る必要もない。他愛もないことを話し始めた。
それで分かったことと言えば、Iさんがあの金メダリスト・岩崎恭子と同じ高校の同級生だったことぐらいか。
結局、最終的には店長らしき男の人が仕上げを手伝い、完成したようだ。
鏡を見せられたが、まぁ見事な刈り上げ。
帰り際、Iさんに送られながらあいさつをすると、「来月、また伸びた頃お電話下さい」と言われた。
「またいいんですかぁ?」
「ええ。理想的な髪型なんで」
ちっとも褒めてないやんけ!どういう意味やねん。まぁええわ。
さ、また来月、刈り上げされに行きますか?