パントマイムについて
(01年8月初出、22年1月リバイバル掲載)


先月末、清水きよしさんのパントマイムを見に行った。
世界一のマイミストである。と、勝手に思っている。

マルセル・マルソーのマイム公演も見に行ったが、確かに凄かった。おそらく、思っている以上に凄い人なのだろう。しかし、やはり同じ日本人だからか、圧倒的に伝わってくるものが違う。清水さんの方が断然心を揺さぶられるのだ。

そして、何を隠そうこのうへだゆふじもその昔、パントマイムで舞台に立った事がある。日本で唯一(世界で唯一?)ワイヤーアートなるものを得意とする関西のマイミスト・吉岡賢治さんの指導の下で練習を行い、ドキドキで客前に立った。

あの時は大変だった。パントマイムに関しては全くの初心者、というより舞台自体まだ素人同然の自分が動きだけでストーリーを見せて、しかもあわよくば笑わせようとする。

大変なプレッシャーだった。毎日毎日自分のマイムをビデオに録り、繰り返し繰り返しチェック、そんなことを何時間も続けていた。

そもそも自分が最初にパントマイムを好きになったのは、やはりチャップリンである。一時期はまりまくって、レンタルビデオで片っ端から借りて毎日見ていた。中でも好きなのが、「サーカス」「モダンタイムズ」「街の灯」だ。どの映画も笑いと哀しみに満ちている。これらを見て以来、自分もいつかマイムをやってみたいと思うようになっていた。


そのチャンスがめぐってきたのが、ディファイアー以前に属していたSALT MAKERSの公演だった。コントの合間にマイムを見せようという企画。すぐにやりたいと返事をし、即、練習に入った。本番まであと1ヶ月とちょっとだった。

しゃべれる方が楽だ、と思った。伝わっているかどうかが常に不安なのである。もちろん、動きだけだからこそ伝わるものもあるのだろうが・・・。

そして本番、緊張で手が震えたのを覚えている。しかし、なんとかこなした。評判も上々だった。

そんな折、吉岡さんに「あの人のマイムはすばらしい。一度見に行ってみては。」と言われて初めて知ったのが、その吉岡さんの師匠の師匠にあたる清水きよしさんだった。

京都で公演があるという。早速見に行った。


変な場所だった。京都の西陣にある、工場跡のような小屋。真夏なのにクーラーもなく、照明に照らされた清水さんの顔は汗だくだった。横でフルートを吹いている上野さんという方も、そしてもちろん見ている自分たちも、その暑さに耐えていた。

すばらしかった。マイムも音楽も。笑える話はとにかく笑え、悲しい話には会場中からすすり泣きが聞こえるほど悲しかった。

驚きだった。テクニックというものを全く感じさせない。「マイム」というとすぐ「壁」や「綱引き」を思い浮かべるが、それがほんの断片の、片寄ったイメージであることが分かる。

そんな清水さんの公演に感動し、その後も何回か足を運んだ。そして見るだけでは飽き足らず、清水さんの直弟子、関西の第一人者と言われている金谷暢雄さんのところで半年間マイムを習ったりしていた。



それから3年。SALTを退団、ディファイアーを結成してマンスリーコントライブに突入、その後東京へ引越しと常に忙しく、頭の中からマイムは全く消えていた。見に行こうという気も起こらなかった。

そんな時、なんとなくインターネットをしていたら、清水きよしさんの公演案内のページにヒットした。見ると、近々東京で公演があるという。しかもライブハウスで。

これはおもしろそう、見に行かねば! と思い、そのライブハウス「新宿ハイダウェイ」へと向かったのである。



20時スタートだが店は19時から開いているということで早目に行った。一緒に見に行くTちゃんは、マイムを見るのが初めて(上田雄士のを除いては)。どうなんやろう、静かやし途中で寝てしまうんちゃうやろか? などと心配していた。

そしてハイダウェイに到着。地下1階の奥という、その名の通りハイダウェイ(隠れ家)な所にあった。

少し緊張しながらドアを開け、中に入ってみると、なんとそこにくつろいでいる清水きよしさんご本人がいらっしゃるではないか。衣装は着ているがノーメイクで、談笑でもされていたのだろう。

ビックリした。「早く来すぎたか?」と思ったものの、入ってしまったものはしょうがない、席に座り、ラムコークなんかをたのんだりしてみた。

少し居心地悪く、何気に清水さんの方を見てみると、なんと清水さんもこっちを見ていて思わず目が合ってしまった。「あ、ども。」ととっさに中途半端な挨拶をしてしまったのだが、すると清水さんの方からお話をふってくださった。

「何でお知りになりました?」
「あ、インターネットの方で」
「そうですか。お名前は?」
「あ、上田です、はい」
などと、ぎこちなく会話した。

まさか話せるとは思ってなかったので嬉しくなって、今度はこちらから話しかけてみた。今まで3回ほど清水さんの公演を見たことがあること、お弟子さんの下でマイムを習ってたこと、そしてあの西陣での汗だく公演の事などを。

すると清水さん、あの汗だく公演の事はやはりはっきり覚えておられたようで、「そうですか、あれ見に来られてたんですか。あの時はやっててもクラクラしました。」などと話してくださった。

妙に嬉しかった。早く来て良かった、と思った。話せただけで満足だったので、もう帰ろうかと思った。いやいや、本番はこれからだ。



そして照明が変わり、清水さんのマイムが始まった。小さなライブハウスだ。客席もいっぱいで25人ほど。アクティングエリアも狭く少しやりにくそうだったが、しかし、お客さんとコミュニケーションをとりながらのマイム、笑えるマイム、悲しいマイムと、どんどん引き込まれていく。そしてその各作品の間には、清水きよしさんの作品紹介のトーク(マイミストもしゃべるで)があったりする。

お客さんとコミュニケーションをとりながらという作品は、「風船」である。どういうことかというと、清水さん扮する子供が風船を取り出し(もちろんマイムで)、なんとかふくらまそうとする。しかし硬くてふくらまない。そこでお客さんに風船の端をもってもらい、それを引き伸ばして柔らかくするのである。そしてふくらますことができた風船。今度はそれを客席の人と、バレーボールのように打ち合ったりするのである。

過去3度見に行ってるが、一番最初は常にこの作品だった。今回もこれじゃないか、つかみとしては最高やし、などと思っていたので、事前に横にいたTちゃんに、「風船が飛んできたら打たなあかんで」とふっておいた。なんのことか分からないようだった。そりゃそうか。

すると、案の定、清水さんが風船を持って客席の誰と遊ぼうかと見ていると、Tちゃんに目をとめた。
そして手を振る。
Tちゃんもそれに答えて手を振る。
そして二人の、見えない風船バレーボールが始まった。

清水さんがポンと打つ。Tちゃんが打ち返す。
また清水さん。Tちゃん。
するとTちゃん、強く打ちすぎたのか、風船は清水さんの頭上を越えて向こうの方へ。
取りに行く清水さん。
なぜかちょっぴりすまなさそうなTちゃん。
こんな感じで展開していくのである。

3つ終わったところで休憩に入った。清水さんもお客さんとまじって談笑している。こんなことをしていてその場ですぐ本番が見せられるのだから、やはりすごい。

そして後半。「ノッてきたらどうなるか分からない」とご本人もおっしゃっていた通り、事前に用意していなかったマイムをやったり、マルソーのパロディをやったり、予定時間を大幅に過ぎた。

結局ワンドリンクで最後まで過ごしてしまい、清水さんも、「マイムってのは売上に貢献できませんねぇ」と申し訳なさそうだった。

すると、その終わりの挨拶の最中、客席から花束が手渡された。熱烈なファンかと思いきや清水さん、「この花束には意味がありまして・・」

え、なになに?

「実は、娘が近々結婚するもんですから・・・」

なんとその時初めて知ったのだが、娘さんも来ておられた。花束を渡したのはそのお母さんということだった。そんな場に居合わせることができたとは。

これでさらに気分がノッたのかどうかは分からないが、もう1つやりましょうと、普段は仮面劇としてやっている作品を見せてくださった。これがまた笑えるのである。タイトルは「背中がかゆい」。見てるこっちまでかゆくなりそうだった。

そして終了、帰り際にまた清水さんと会話を交わし、出て行った。またなんかあったら見に来よう、と思いながら。一緒に行ったTちゃんも大満足のようだった。

外に出るとそこは新宿。人と車と騒音でごった返していた。
とたんに今までのことが、夢のように思われた。
あれ、夢じゃないやんなぁ、Tちゃん?
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