6. パゴダときどきマリオネット


次の日、やたらと早く起きて空港へと向かった。
朝6時半の国内線に乗って、バガンという遺跡だらけの町に行くのである。

薄暗い空港でひたすら待ち続ける。電光掲示板のようなものはないため、フライトの準備ができる度に係員がボードに手書きし、みんなに見えるようにそのボードを見せながら歩いて回る。

国内線は座席が左右2列ずつのプロペラ機だった。座席はなんと、自由席。
希望の席があるなら早めに乗り込んで確保しなければならない。
プロペラ機に乗るのは初めてだったが、エンジン音が多少うるさい以外は、予想に反して快適な飛行だった。
1時間ほどでバガンに着いた。

このバガンを案内してくれるのは、ベテランガイドのゾーさん。
実はここ数年、日本人旅行者の数が減っているらしく、久しぶりの日本語ガイドだそうである(普段は英語ガイドをやっているらしい)。
「日本人をガイドすることは少ないので、今日はうれしいです」というゾーさんは、なんと10年以上前に、池袋のホテルで働いていたこともあるらしい。
「もう昔だから、池袋も変わっているでしょうね。」と、古き良き日をちょっぴり懐かしむようなゾーさんであった。

そんなゾーさんと運転手に案内されて、いきなりドデカイ遺跡へと到着した。
遠くからパッと見た感じでは、ヨーロッパにもありそうな西洋風の建築に見える。
しかし近づいてみると、建物内外の壁面には仏像が描かれており、どう見ても間違いなくアジア建築である。
そしてこの寺院の中には階段があり、そこを上がって外に出てみると、出ました、これぞバガンの景色!あっちにもこっちも、とにかく見渡す限りパゴダ、パゴダ、パゴダ(仏塔)!
写真で見たあの衝撃の景色が目の前に広がる。他には何の建物もなく、また雨もあまり降らないので作物もほとんど育たないため、視界を邪魔するような大きな木もない。
乾いた土地に、ひたすら土色のパゴダ群。圧巻とはこのことである。
町自体を世界遺産に指定しても良さそうなものだが、軍事政権があまりそういうことに積極的ではないせいか、登録はされていない。この衝撃は間違いなく世界遺産級なのに、残念である。

その後も別のパゴダや寺院、それらに描かれている壁画などを堪能した。
町の市場も訪れたが、「洗練」という言葉からは程遠い、原始的で活力に満ちた賑わい。ところが一歩、食堂のような店に入ると、驚くほど丁寧な応対をしてくれる店員たち。
これはあれか? 昭和初期の日本か? という気がしてくる。

そして夜は、ミャンマーの伝統芸といってもいい、あやつり人形の演目が見られるところで夕食をとった。
配線の接触不良か何かは知らないが、音楽が途切れ途切れに流れる。
ストーリーを見せるのではなく、音楽に合わせて踊っている人形を見せるのである。ちょっぴり陽気で独特な曲にのりながら、ヒラヒラ、フワフワと動く。見ていて単純におもしろい。

1月のバガン(というかミャンマー全体)は、昼間は暑いが、太陽が沈むと肌寒くなる。50代前半のゾーさんにとっては、ガイドはなかなか大変な仕事ではないだろうか。ちょっぴり疲れたようにも見受けられるゾーさんと別れてホテルに帰った。

すると、今度はホテルのレストランであやつり人形がやっていた。
遠くから見ていたのだが、先ほどのあやつり人形とは違ってグイグイと引き込まれていく。こちらのほうが、あきらかに人形の動きが洗練されているのである!
グルグル回ったり、人形が持っている棒を縄跳びのようにして、その人形自身が跳んだりするのである!

我々夫婦は2人して、レストランの外から突っ立ったまま見入ってしまった。
レストランの客はというと、誰1人、あやつり人形に興味を示している人はいない。ひとつの演目が終わっても、拍手さえ起こらない。
なにゆえ? あんなにスゴいのに?!
我々2人だけが、遠くのほうからスタンディングオベーションである。

終わった後、我々2人は何も注文する気がないのにヅカヅカとレストランへと入っていった。
「いや、ちょっと、あやつり人形の写真をね、ええ」などと言いながらカメラを構えると、まだ20歳前後と見受けられるあやつり人形師の青年が、「前に出しましょうか?」などと言いながら、人形にポーズをとらせてじっとしてくれた。

写真を撮った後、人形を持たせてもらった。これが見るのと持つのでは大違い。案外重たいのである。
ヒモもやたらとたくさんついているので一体何本あるのか聞いてみた。
すると、通常は11本だが、何かいいアイディアが浮かんだり、新たな動きを追加したいときには1本増やすのだという。
結果、今の彼のあやつり人形のヒモは15本。
こりゃまた研究熱心! スゴいわけだ。
誰か先生にでも習うの? と聞いてみると、お父さんがあやつり人形師だという。
なるほど、お父さんが師匠か。
彼曰く、お父さんは非常に芸に厳しく、ミャンマーでは全国のあやつり人形師が技を競う大会が年に一回あるのだが、そこでまだ賞が取れない彼を厳しく叱咤するのだという。
「これでも賞が取れないの? いや〜、外のレストランでも見たけど、君のほうがものすごく良かったよ。Much much better!」とホメると、「サンキュー」とテレながら答える好青年であった。

その大会、見てみたいなぁ・・・。

部屋に戻ると、窓の外にはライトアップされたパゴダが見える。なんともぜいたく。
涼しいベランダでちょっぴり過ごし、だんだんと冷えてきたのでベッドで眠りについた。
暑い国とはいえ、1月のミャンマー、朝晩は冷えるのであった・・・。

次回、「ガイド兼日本語教師」に続く・・・。
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