W先輩の場合―正々堂々と緊張


さぁ、栄えある第五回目の今日は、高校時代の剣道部の先輩、Wさんを紹介しよう。
今日は皆さんと一緒に、彼のまっすぐぶりに涙してみたい。

W先輩は剣道部の主将をやっており、しかもなかなかのオットコ前であった。
体もごっつく腕も太く、その竹刀さばきはパワフルで、W先輩に小手をキメられると手首にアザができ、面をキメられると一瞬頭が真っ白になって、気を失ってしまいそうなほど痛かった。

私は練習の時、ちゃんと面を打たせてあげなくてはいけないのに、あまりにも痛くて思わずよけてしまったことがある。
するとW先輩は、何のひねりもないまっすぐなつっこみで「こらー!よけるなー!」と怒鳴っていた。


そんなW先輩のモットーは、「正々堂々」。
こそくなフェイントなんかを使って勝つぐらいなら、正面からまともに打ち合って負ける方がいい。
考え方もオトコ前であった。

しかし、そんなオトコ前な彼にも1つ、重大な弱点があった。

緊張である。

試合の時、アガってしまうのである。
面ひもを結べないほど、震えてしまうのである。

オトコ前なのに。
丸太のような腕なのに。

一度、団体戦でこんなことがあった。

5人対5人で戦うのだが、W先輩は中堅、つまり3人目だった。
普通2人目までは面をつけてスタンバる。3人目は先鋒、つまり1人目の試合が始まってからおもむろにつける。

ところがその日、我がチームは先鋒・次鋒が相次いで速攻で負け、あっという間に中堅になってしまった。
ただでさえ緊張してひもを結べないW先輩は、間に合わないというアセリでさらに指が震え、面ひもが手につかない。

審判に早くしろとせかされ、試合場のみんながどうしたのかと見つめる中、W先輩はオタオタと面をつけ、やっとの思いで試合場へ出ていったのである。

当然試合は不利に展開。
始まりから精神的に不利だったのだから仕方がない。

対戦相手も待たされた分イライラしていて、W先輩をいじめてやろうとわざと防具のないところを打ってきたり、ムリに押して場外へ出そうとする(場外へは出た方が反則になる)。
まさに相手は邪道、けんかをしようとしていた。

しかしW先輩は何をやられても、
肘を打たれても、
足をひっかけられて転んでも、
押し出されて反則をとられても、
首を突かれてボロボロになっても、
最後まできれいな、正統派の剣道で戦い続けたのである。

当然試合は負け。
それでもW先輩は、きっちりと礼をして試合場を去っていったのである。

後で別の技巧派の先輩に、
「お前の剣道はキレイすぎる。相手が邪道できたらお前も仕返ししたらなあかん」と言われるが、「俺はああいう剣道しかやらん」と突っぱねていた。
まさに、まっすぐな「道」であった。


そんなW先輩は剣道部の練習の後、どこにそんなスタミナが残っていたのか柔道部の練習にも参加していた。
驚いたことにW先輩は柔道も強く、昇段試験などを受けていた。
あげくには練習中に柔道部を背負い投げで畳に投げつけ、そいつのじん帯を損傷させてしまったのである。
その柔道部員は、相手が剣道部員なので本気でやってはまずいと少し手を抜いていたらしい。

そうとは知らず、W先輩は全力で立ち向かっていってしまったのである。

おそるべき正々堂々。
バカがつくほどの全力投球。

その後もW先輩の正々堂々ぶりはとどまるところを知らず、噂によると警察官になり、日夜、交通違反取締りに全身全霊を捧げているとか。
彼ならきっと、恩師の先生にだって違反キップを切るだろう。
もしかしたら救急車にだってスピード違反を取るかもしれない。

素晴らしきまっすぐさ。
その勢いでこれからもがんばっていってほしいものである。

さぁ、そんな彼を偉人伝に加えよう。奴の名はW。The Man of Legend!
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